家具大手・大塚家具で2015年に起きた創業者の父・大塚勝久と長女で社長の大塚久美子による経営権争い。3月の株主総会での委任状争奪戦を制したのは娘側だったが、その後の業績悪化で同社はヤマダホールディングスの傘下に入り、上場廃止へ。父は「匠大塚」を立ち上げ再起を図った。

対立の発端は経営路線の違いだった。2009年に社長に就任した久美子は、少子高齢化や住宅環境の変化を見据え、従来の会員制や店員が同行する手厚い接客を廃止。誰もが自由に店内を回れるオープンな店舗運営に転換し、若い世代向けの中低価格帯の北欧風家具を拡充した。市場からはイケアやニトリを意識した「イケア化」「カジュアル路線」と評された。一方、創業者で会長の勝久は「高級家具のまとめ買い」を強みとするブランドを築いてきた立場から「大塚家具のブランドを自ら破壊する大間違いだ」と猛反発した。

2014年7月の取締役会で久美子は社長を解任されたが、2015年1月28日の取締役会で久美子社長復帰・勝久会長専任が賛成4・反対3の僅差で可決された。これに対し勝久は3月の株主総会に自身の社長復帰と久美子退任を求める株主提案を提出。会社側はこれに反対し、勝久を外す会社提案を出した。創業者一族同士の委任状争奪戦(プロキシ・ファイト)に発展し、「お家騒動」「公開親子喧嘩」と報じられた。米投資ファンドのブランデスや議決権行使助言会社のISS、グラス・ルイスは会社提案(久美子側)支持を表明し、取引先のフランスベッドなどは勝久側の支持を表明した。

3月27日の定時株主総会は200人が出席し3時間超に及んだ。会社提案への賛成票が61%を占め、勝久の提案は否決。勝久は取締役を退任した。久美子は「総会後はノーサイド」と語ったが、資産管理会社「ききょう企画」をめぐる訴訟では2016年4月、東京地裁が勝久の主張を全面的に認めて久美子に15億円の支払いを命じた。久美子体制でも業績悪化は止まらず、2020年10月に久美子は全ての役職を辞任。2021年にヤマダホールディングスの傘下に入り、2023年にはヤマダデンキに吸収合併されて上場廃止となった。一方、勝久は長男らと「匠大塚」を設立し、高級家具市場で再起を果たしている。

久美子は一橋大学経済学部を卒業後に富士銀行に入行し、1994年に大塚家具に入社。2004年に一度退社してコンサルティング会社を設立したが、2009年に創業40周年を機に社長として復帰した。一方の勝久は1969年の創業以来、会員制とマンツーマン接客による高級家具販売で業界の巨人に育て上げたカリスマ経営者だった。

資産管理会社「ききょう企画」をめぐる訴訟では、2016年4月11日に東京地裁が勝久の主張を全面的に認め、久美子側に15億円の支払いを命じた。久美子は2020年10月に全ての役職の辞任を申し出、同年12月1日付で退任。その後、大塚家具はヤマダホールディングスの傘下で再建を図ったが、2023年にはヤマダデンキに吸収合併され、上場廃止となった。勝久が長男らと立ち上げた「匠大塚」は、創業の地・埼玉県春日部市などに拠点を構え、高級家具市場で着実に地歩を固めている。

久美子は大塚家具退任後、2005年に創業したクオリア・コンサルティングの代表に復帰し、2023年からは明治大学専門職大学院の特別招聘教授も務めている。一方、勝久が長男らと立ち上げた「匠大塚」は、かつての大塚家具を支えたベテラン販売員や国内外の工房を巻き込み、高級家具のニッチ市場で独自の地位を築いている。

かつての大塚家具のビジネスモデルは、婚礼家具需要の消滅やニトリ・イケアとの競争激化で構造的に行き詰まっていたとの指摘もある。「お家騒動」はその危機を一気に表面化させたが、父と娘のどちらの路線を選んでも厳しい戦いだったとの見方が強い。

大塚家具のブランドはヤマダデンキの傘下で存続しているが、かつてのような全国展開の大型ショールーム網は縮小された。一方、勝久が率いる「匠大塚」は高級家具のニッチ市場で存在感を高めており、職人の技を生かしたものづくりの姿勢が富裕層の支持を集めているという。

久美子はコンサルティング会社の代表として、企業の組織改革や女性リーダーの育成などをテーマに発信を続けている。明治大学での教鞭も執り、自身の経験を経営学の教材として伝えている。父と娘の「お家騒動」は、日本の同族企業における事業承継の難しさを示す代表的な事例として、経営学のケーススタディにもなっている。