日産自動車の元会長カルロス・ゴーンが、有価証券報告書への報酬過少記載などの罪で起訴され保釈中の2019年末、厳重な監視をかいくぐってレバノンに逃亡した。保釈金15億円は没収され、国際手配されるもレバノン政府は引き渡しに応じず、裁判は開かれないままとなっている。
2018年11月19日、ゴーンは羽田空港で東京地検特捜部に逮捕された。容疑は、自身の役員報酬を有価証券報告書に計約50億円過少に記載した金融商品取引法違反と、日産の資金を私的に流用した特別背任だった。日産は同日、ゴーンの報酬過少申告のほか、会社資金の私的支出など複数の重大な不正があったとする声明を出し、取締役会で会長職を解任。共謀したとされるグレッグ・ケリー元代表取締役も逮捕された。日産の社内調査では、ゴーンらによる一連の不正は総額350億円規模にのぼると公表された。
ゴーンは108日間の勾留を経て2019年3月6日に保釈金10億円で保釈されたが、4月4日に特別背任容疑で再逮捕され、4月25日に再保釈(保釈金5億円、計15億円)。そして同年12月29日、新幹線で品川から新大阪へ移動し、関西空港からプライベートジェットでトルコ経由レバノンへと逃亡した。関空のプライベートジェット向け保安検査の隙を突いたとされ、元米軍特殊部隊員のマイケル・テイラー親子が協力。ゴーンはテイラー親子に130万ドル超を支払ったとされる。保釈金15億円は没収された。
2020年1月8日、ゴーンはベイルートで記者会見を開き、「日本の司法制度は不正で、人権が否定されている」と主張。インターポールは赤色手配を出したが、レバノンに日本との犯罪人引渡し条約はなく、ゴーンはレバノンにとどまっている。テイラー親子は2021年3月に日本へ引き渡され、犯人隠避などの罪で実刑判決を受けた。
日本での裁判は、ゴーン不在のまま止まっている。法人としての日産は罰金2億円の有罪判決が確定し、ケリーは一審で2017年度分について懲役6月・執行猶予3年の有罪判決を受けた(控訴・上告中)。日産を再建した「コストカッター」として世界に名を馳せた経営者の逃亡劇は、日本の刑事司法のあり方にも大きな議論を呼んだ。
逃亡劇の詳細も次々と明らかになった。NHKの報道によると、ゴーンは2019年12月29日午後に元米軍特殊部隊員らと都内のホテルで合流し、新幹線で品川から新大阪へ移動。大阪府内のホテルで大きな箱に身を隠し、関西空港からプライベートジェットで出国したという。当初報じられた「楽器ケースに隠れた」との説について、ゴーンの妻は「幻想だ」と否定した。ゴーンの日本人弁護士、弘中惇一郎は逃亡を「青天の霹靂だった」と語り、衝撃を隠さなかった。
逃亡を手助けしたマイケル・テイラー親子は2020年5月に米マサチューセッツ州で逮捕され、2021年3月に日本へ引き渡された。東京地裁はマイケルに懲役2年、息子のピーターに懲役1年8月の実刑判決を言い渡した。フランスの司法当局も2022年4月にゴーンに国際逮捕状を出した。日産は事件を受けて指名委員会等設置会社へ移行するなどガバナンス改革を進めたが、ゴーン不在のまま裁判は開かれず、真相の全容解明には至っていない。
共謀したとされるグレッグ・ケリー元代表取締役の裁判も長期化している。東京地裁の一審は2017年度分の報酬過少記載について懲役6月・執行猶予3年の有罪判決を言い渡したが、2010年度から2016年度分は無罪と判断。検察とケリー双方が控訴し、控訴は棄却されて2025年7月時点で上告中となっている。法人としての日産自動車には罰金2億円の有罪判決が確定した。
ゴーンは1999年にルノーから日産に送り込まれ、「日産リバイバルプラン」で同社をV字回復させた立役者だった。その経営者が保釈中に国外逃亡するという前代未聞の事態は、日本の保釈制度や出国管理の不備を露呈させ、法務省は再発防止策の検討を迫られた。
レバノンに逃れたゴーンは反撃にも出ている。2023年6月、日産や関係者を相手取り、名誉毀損などを理由に10億ドル超の損害賠償を求める訴訟をレバノンの裁判所に起こした。ベイルートでの記者会見では「日本の司法は政治に利用されている」との主張を繰り返し、自らの正当性を訴え続けている。
一方、日産はゴーン事件を教訓にガバナンス改革を進め、指名委員会等設置会社への移行や社外取締役の増員を実施した。ただ、ゴーン後の日産は業績の低迷や経営統合の模索など苦難が続き、2024年以降はホンダとの経営統合協議が報じられるなど、再編の荒波の中にある。ゴーン事件の残した爪痕は、日産の経営にも長く影を落としている。